History
平成元年に16年間続いた盆踊り大会をやめ、淀川河川敷に於いて予算1,000万で花火大会を始める。

第1回はエージェントにお願いしたが2回目からは手法を勉強し、手作りで企画、運営を計る。

第5回大会より寄付のみではグレードを上げることがてきなくなり、事業企画委員会を作り事業収入を計る。

第6回大会より、淀川区障害者協議会と北地区ボーイスカウト連盟と協力して毎年身障者50名を招待する。

第7回大会 阪神大震災の関係でイベント自粛の中でこう云う時こそ大会を実行し神戸にエールを送る。(被害者を招待・震災募金)

第8回大会 「都市型花火大会日本一」をめざず為、大阪商工会議所副会頭石橋 殻一しゅんいち氏を会長に迎える。

第10回大会 田代和会長を迎え、第10回記念太会として「花火写真集」を発行。テレビ朝日「二ュースステーション」にて「手作り花火がついに日本一!」でドキユメント特集。淀川で始めて一尺玉を上げる。

第11回大会 大会予算が当初の12倍になり、予算パランスが寄付金半分、事業収入半分の比率に。

本年度より日本三大祭りの天神祭実行委員会より花火部門を全般委託。


平成淀川花火大会ストーリーより